ブライアン・ブレイドが魅せたNV70-M4の圧倒的な違い

ブライアン・ブレイド(Brian Baled) ジョン・パティトゥッチ“エレクトリック・ギター・カルテット(John Patitucci Electric Guitar Quartet)

ブライアン・ブレイド(Brian Blade)が、カノウプスのスネア・ドラムを使う場合、いつもザ・メイプル(The Maple)の14”×6.5”(M-1465/ナチュラル・ラッカー)と決まっていました。しかし今回は、ネオ・ヴィンテージ・シリーズの新しいスネア・ドラム、“NV70-M4=70年代スリンガーランド(Slingerland)社のTwo to oneの再現”を見せたところ、彼もオリジナル・スネアを所有しているとのことで、初日の公演で使ったのです。気に入らなければすぐにスネア・ドラムをチェンジするブライアンですが、東京公演はすべてNV70-M4スネア・ドラムで演奏したのです。

東京公演のステージを観て、はっきりとこのスネア・ドラムの“圧倒的な違い”を実感しました。

とてつもなく細かなフレーズと驚異的なダイナミクス・レンジを誇るブライアンのスティック・ワークに完璧に追随、すべてのフレーズがはっきりと聴こえ、とてつもなく温かく柔らかなサウンドを聴かせてくれました。しかも太いサウンドで主張しながらも、まったく音楽の邪魔をしていないのです。もちろんそれはブライアンの音楽的なテクニックがあればこそですが、そこにNV70-M4が完璧にシンクロしている様は、本当に感動的でした。
実は私たちは、NV70-M4は、若干“キワモノ”として捉えていたのですが、ブライアンがこのスネア・ドラムが秘めているポテンシャルを引き出し、教えてくれたのです。

ブライアン・ブレイド(Brian Baled) ジョン・パティトゥッチ“エレクトリック・ギター・カルテット(John Patitucci Electric Guitar Quartet)
NV70-M4は、トップ・サイドが12テンション、ボトム(スネア)・サイドが6テンションのスティックセイバー・フープ(内巻きのRound Edge)という特殊な構造です。トップ・サイドでしっかりとしたツブを出し、ボトム・サイドが一般的なフープより穴が2つ少ないことにより、フープを動きやすくして、スネア・サイド側の残響を増幅する構造であるため、特に離れて聴いたときのサウンドは、ヴィンテージ・スネア・ワイヤーと相まって、かつて経験したことがないほど、繊細な反応と、温かく柔らかなサウンドを実現してくれたのです。
NV70M4S-1465

今回あらためて感じたのは、ブライアンのダイナミクス・レンジの広さと、極端に言ってしまえば“操り人形”に見えてしまうほどの“拍の概念を超越した”ダイナミックなプレイ・スタイルです。演奏中もトラディショナル・グリップとマッチド・グリップを頻繁に使い分け、スティックをホールドする位置や方法のバリエーションも“1つの楽器が発音する可能性すべてを引き出すため”であると思います。それは単にドラムを叩く、またはプレイしているのを超えて、楽器が呼吸し、話をしているような錯覚に陥るほどでした。ブライアン・ブレイドは、そんな表現ができる歴史上初めてのアーティストではないかと思います。

ブライアン・ブレイド(Brian Baled) ジョン・パティトゥッチ“エレクトリック・ギター・カルテット(John Patitucci Electric Guitar Quartet)

NV70-M4スネア・ドラムのシェル製作には、いくつかのストーリーがあります。
このシェルは、オリジナルのサウンドを再現するため、1960年代のスリンガーランド社のオリジナル・マシンを修理・再生し、私たちが分析した当時のシェルにできるだけ類似した構造と製造工程で作り上げたものです。

このシェルとの出会いに運命的なものを感じました。

私たちがヴィンテージ・ドラムのコレクターになったきっかけは、1980年、ジェフ・ポーカロがスリンガーランドのラジオキング・スネア・ドラムを使っているという情報を得たところから始まります。

ヴィンテージ・ドラムを求めて、アメリカのおそらく最初のヴィンテージ・ドラム・コレクターであるコネチカット州のハートフォードという田舎町のチャーリー・ドネリー氏の家に毎年訪問しては、買い付けと同時にヴィンテージ・ドラムの知識を叩き込まれました。

それから35年近くたったある展示会で1人の男が私たちを訪ねてきました。チャーリーを訪ねていたときにいた1人の青年です。おそらく毎年チャーリーの店に来る不思議な日本人として記憶していたのでしょう。彼は、ドラマーとなり、かつシェル・クラフトマンになっていました。
カノウプスが、ヴィンテージ・ドラム・シェルの再現にトライしていることを知っていた彼は、どうしても自らが作るシェルを使ってもらいたいと会いに来たのです。彼はスリンガーランドのマシンを買い取り、ドラム・シェルの工場を立ち上げたのです。
ショウが終わった後に、機械(マシン)だけがコンクリートのフロアに置かれ、まだ稼働していない、工場とは言えない建物の見学に行き、彼の最初の顧客になったのです。35年前にチャーリーのところに行っていなければ、この物語はなかったわけです。

1980年代、ヴィンテージ・ドラムとの出会い以来、アメリカ製のドラムのほとんどを入手し、そのシェル・コンストラクションを研究分析してきました。したがって、ほとんどすべてのヴィンテージ・ドラムの音を知り尽くし、そのシェルはどんな構造なのかは、世界のどのメーカー、どのコレクターより緻密に分析をしている自信があります。

私たちは、新しいドラムを開発する際にシェル構造のデザインとエッジ形状にほとんどの時間を割いています。そのために音に関係しない穴空けやシェル成型などは、なるべく機械化をしてその時間を捻出しています。

シェル成型の工法は、大きくヒートコンプレス方式とエアーバック方式があります。機械の仕組みはそれぞれ違うため、同じマテリアル、同じスペックで作られたシェルでも、各メーカーが独自に研究した圧縮温度、糊の材質、圧縮圧力、時間を決定し、自社のレシピとして製作しているので、音は明らかに異なったものが出来上がってきます。つまり、ドラムの音を忠実に再現するためにはシェルの産地や構造を含め、その都度マシンや工法を変えなければならないのです。
私たちは、これを自社ですべてやることは不可能だと思っています。

カノウプスには、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、世界各国に契約工場があり、私たちが意図した最適なマテリアルを入手することができます。その中から最も私たちの“理想の音がするシェル”を設計し、決定することができるのです。これこそがカノウプスが確立した、最高のドラムを作るための、最適な方法なのです。

このブライアンの記事で、少しでもカノウプスのドラムに対する製作ポリシーをわかっていただけたら幸いです。

ブライアン・ブレイド(Brian Baled) ジョン・パティトゥッチ“エレクトリック・ギター・カルテット(John Patitucci Electric Guitar Quartet)